どうして、あの人の一言をこんなに引きずってしまうんだろう

ジブンが変わる

何気なく言われた、あの一言。

その場では笑って流したのに、家に帰ってから、なぜか思い出す。

「あれって、どういう意味だったんだろう」

「私、何か悪いことしたかな」

「でも、あんな言い方しなくても……」

考えないようにしようと思っているのに、気がつくと、また思い出している。

そんな経験はありませんか。

どうして、あの一言だけが残るんだろう

考えてみると、少し不思議です。

私たちは、人から言われた言葉をすべて同じように引きずるわけではありません。

ちょっと嫌なことを言われても、すぐに忘れてしまうこともあります。

反対に、何気ない一言が、いつまでも心に残ることもあります。

同じようなことを言われても、ある人からなら気にならないのに、別の人から言われると腹が立つこともあります。

では、その違いはどこにあるのでしょう。

私たちは、出来事をそのまま受け取っているわけではない

たとえば、

「もっとちゃんとした方がいいよ」

と言われたとします。

「心配して言ってくれたのかな」

と受け取る人もいるでしょう。

一方で、

「ちゃんとしていない人だと思われた」

「否定された」

と感じる人もいるかもしれません。

同じ言葉でも、受け取り方は同じではありません。

アドラー心理学を学んでいると、こうした日常の出来事を、

「相手が何を言ったか」

だけではなく、

「私はそれをどう受け取ったのだろう」

というところからも見るようになります。

大切なのは、

「どちらの受け取り方が正しいのか」

を決めることではありません。

まず、

「私は、こう受け取ったんだな」

と、自分自身を見てみることです。

「相手が悪い」「私が悪い」の二択にしなくていい

もちろん、相手の言い方に問題があることもあります。

傷つくような言葉を言われたときに、

「あなたの受け取り方が悪いんですよ」

と言われても、納得できないでしょう。

私も、そういう話をしたいわけではありません。

かといって、

「あの人が悪いんだから、仕方がない」

だけで終わってしまうと、自分にはできることがなくなってしまいます。

相手がどんな言葉を使ったのか。

それを私はどう受け取ったのか。

そして、そのあと私はどうしようとしたのか。

少し分けて考えてみると、相手を変えることとは別に、自分にできることが見えてくることがあります。

「あの人は、なぜ?」から「私は、なぜ?」へ

誰かの言葉が気になったとき、

「あの人は、なぜあんなことを言ったんだろう?」

と考えることがあります。

でも、相手が何を考えていたのかは、考え続けても分からないことがあります。

そんなとき、

「なぜ、私はあの一言がこんなに気になったんだろう?」

と、問いを少し変えてみます。

すると、

「ちゃんとした人だと思われたかったのかもしれない」

「嫌われたくなかったのかもしれない」

「認めてもらいたかったのかもしれない」

そんな自分の気持ちが見えてくることがあります。

もちろん、すぐに答えが見つかるとは限りません。

それでも、

「あの人が変わってくれればいいのに」

と相手だけを見ていたところから、自分自身にも少し目を向けてみる。

それだけで、これまでとは違うものが見えてくることがあります。

自分のことは、一人では意外と見えにくい

自分のことを自分で知るのは、意外と難しいものです。

自分がいつもしている考え方や受け止め方は、自分にとっては「当たり前」だからです。

ところが、ほかの人の話を聞いていると、

「私はそうは思わなかった」

「私はそんなふうに受け取るかもしれない」

という、自分とは違う見方に出会うことがあります。

そのとき、

「そんな見方もあるんだ」

「もしかすると、私はいつもこういうふうに受け取っているのかもしれない」

と気づくことがあります。

私は、ここに誰かと一緒に学ぶ面白さがあると思っています。

人生を変えるのは、大きな目標だけではない

私自身、アドラー心理学を学び続ける中で、少しずつ見えてきたことがあります。

人生を変えるために、必ずしも大きな夢や目標が必要なわけではないのではないか、ということです。

誰かの一言に腹が立ったとき。

家族と意見がぶつかったとき。

言いたいことを言えず、我慢したとき。

そんな目の前の出来事に対して、

「いつもと同じように反応する」のではなく、

「今回は、少し違う関わり方をしてみよう」

と選び直してみる。

一つひとつは、とても小さな変化です。

でも、その小さな選択が積み重なることで、人との関係が少しずつ変わり、自分の毎日も変わっていく。

「やりたいことが分からない」

そんなときも、最初から大きな答えを見つけなくていいのかもしれません。

「私は何を大切にしたいんだろう」

「私は本当はどうしたいんだろう」

目の前の出来事の中で、そんな問いを重ねていく。

やりたいことが見つかったから動くのではなく、目の前のことに自分なりに向き合って動いていくうちに、やりたいことが見えてくる。

私は、そんな順番もあるように思っています。

アドラー心理学を、日常の中で試してみる

アドラー心理学は、考え方や理論を知るだけでなく、日常の中で使ってみることで、少しずつ自分のものになっていくと私は感じています。

「昨日、こんなことがあった」

という身近な出来事を振り返りながら、

「私は、どう受け取っていたんだろう」

「ほかの見方はないだろうか」

「次に同じことがあったら、どんな関わり方ができるだろう」

と考えてみる。

そして、少し違う行動を試してみる。

うまくいかなければ、また考えてみる。

そんな小さな積み重ねが、その人の生き方そのものにつながっていくのではないかと思っています。

沖縄アドラー心理学勉強会(沖縄アドスタ)は、そんな学びを一緒に続けていく場です。

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実際に参加してみて、

「もう少し学んでみたい」

と思ってから、続けるかどうかを決めていただいて大丈夫です。

人生を大きく変えようとしなくてもいい。

まずは、誰かの一言が気になったとき、

「あの人は、なぜ?」

だけではなく、

「私は、なぜこんなに気になったんだろう?」

と考えてみる。

そんな目の前の小さな出来事から、自分のことを少しずつ知っていく。

そこから、人との関わり方も、自分の毎日も、少しずつ変わっていくのかもしれません。

そしていつか、

「私は、これからどうしたいんだろう」

という問いへの答えも、少しずつ見えてくるかもしれません。

まずは、目の前の小さな出来事から。

沖縄アドスタで、一緒に考えてみませんか。

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